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湖の底に。

ホロスコープ、タロット、日々のひとりごとを連ねてゆきます。

変容と再生と。



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いつかの、永遠のさようならは、どこかで誰にもやってくる。最近会っていなくて、笑顔で、『またね』と交わせなかった人達は、何人浮かぶだろうか。その『またね』が永遠のさようならになっても後悔する人としない人が居るとおもうのね。


だから、自身が大事だと思う人達と、短い別れになるのか、長い別れになるのか、本当にわからない。

だから、『さよなら、またね』は、常に気持ちよく、笑顔で。

それが、駅前でする『さよなら』かもしれないし、玄関で見送る『行ってらっしゃい』なのかもしれないし、生きて会えるその瞬間は、いつまで続くんだか誰にもわからない。

どんなかたちでも、心遺りにだけはならないような別れ際を気をつけたいところだ。

誰に対しても。





また、あの人とは、
こうして、会って別れては、いつまで続けられるんだろうか。

どんな繋がりでも、別れはいつかやってくる。

終わりを意識すればするほど、大事に扱おうとするのは、馬鹿げているんだろうか。


わたしにとっては、一回一回が、一瞬一瞬が、大事過ぎて、こんな気持ちをずっと抱えるのは初めてで自分でも扱い方に困る。

自身が、違う立場であの人と出逢ってたら
ちゃんと切り替えられていただろうか

そうして、この人以上に愛する人に出会う日が来たりするのだろうか、とか、色々おもう。


いまの想いが大事すぎて、本当に手を離したくなかった。もともと、無いはずだったチャンス、多分神様が少しおまけしてくれたんだとおもう。

後ろめたいような関係でもないのだから、素直に喜びを噛み締めて、今を大事に愛でれば良いのに、この影にある靄はなんなんだろう。


本物だと信じたい、運命だと信じたい。

多分誰もが思うかもしれないし、その瞬間は、それが運命だとか本物だとか本気で信じている人ばかりだし、私だって過去に出逢った大切な人達を本物だ、運命だと思ったけど、別れてしまったし、その時の気持ちは今は無いのだから。


これが、いつか変わるのかと思うと人間なんて、本当に本当に、滑稽だなと思ってしまう。


私は、何とたたかおうとして
私は、何をそんなにこわがっているんだろうか。